専攻って何?

音楽高校や音楽大学へ進学すると、「専攻」という言葉をよく耳にします。「声楽専攻」「ピアノ専攻」「ヴァイオリン専攻」などなど。

生徒や学生自身も、「私はピアノが専門!」「歌が専門!」という意識を持ちます。

ただ、歌うことや楽器を演奏することはあくまでも自分の中の音楽をアウトプットするための手段でしかありません。もちろん、アウトプットの技術(演奏技術)も疎かには出来ませんが、そもそもアウトプットされるべき「音楽」が自分の中になければ、「演奏」もそれに見合ったものにしかなりません。

「音楽」を聴き取り、読み解き、イメージを作る。それこそが真に重要なこと。私たちは「音楽専攻」として、アウトプットする手段が多岐に渡っているだけです。

「理論」と「演奏」を繋げるために

「演奏」の練習は小さい頃からしているけれど、「理論」の勉強はほとんどしていない。したとしても「演奏」のために必要最低限な音符の読み方だけ。歌うなら音取り音源は必須!

これが多くのピアノを学ぶ人、吹奏楽や合唱を演奏する人の現状です。

もちろん「演奏」は楽しいことですし、たくさん練習して、場数を踏んで、経験を積んでいくことは無駄にはなりませんし、とにかくたくさん、楽しく演奏をすることは決して間違いではありません。

ですが、楽譜からきちんと「音楽」を読み取るためには理論の勉強が欠かせません。そして、いざ途中から「理論」を学ばなければ、となると「理論と演奏を繋げること」は非常にハードルが高くなってしまいます。

「理論」と「演奏」は初歩から繋がっていることが理想です。

音楽の学びの初歩から「理論」と「演奏」を常にリンクさせることを目指す、あるいはこれまで学んでこなかった「理論」を「演奏」に結びつける。MUSISMではそれを実現するために「階名」というツールを使用しています。

「階名」とは

「階名」というのは、ドレミ…のことです。

なんだ、それなら誰もが当たり前に使っているじゃないか、と99%以上の方は思われるでしょう。

ですが、その当たり前は「音名」としてのドレミ…です。「階名」としてのドレミは今や絶滅危惧種と言える状況にあり、「階名」と「音名」を混同する指導者もいるほどです。

「音名」というのは、音単体の高さを示す名称のことです。

日本音名であればハニホヘトイロ、英語音名ならCDEFGABを使います。

音名としてのドレミは、これと同じ使い方をします。それを捉えるのは絶対音感という力です。

一方の「階名」は、音同士の関係性を示す名称です。それを捉えるのは相対音感という力です。

どんな高さであれ、基準として決められた高さから特定のルールで並べられた音の高さに対して、ドレミの名前をつけたものです。

ドとレの間は「全音」、レとミの間も「全音」、ミファは「半音」で全音の半分の幅です。ファソ、ソラ、ラシも「全音」で、シドが再び「半音」になります。

逆に言えば、「ド」として定めた音があったときに、全音上の高さの音には「レ」という名前をつける、と考えることもできます。関係性を表す名称、という説明が腑に落ちるでしょうか。

ハ長調であれば「音名としてのドレミ」と「階名としてのドレミ」は一致していますが、調性が変わると一致しなくなります。これが固定ドという名称の本来の意味。「ハ長調のままドを固定」しているから「固定ド」です。

いまいち「音名」と「階名」の違いがイメージ出来ない、という人は家族を思い浮かべてみてください。

人の名前は「音名」のようなものです。名前は関係性によって変わるものではありませんよね。

一方、「父」「母」「息子」「娘」といった関係性は、立場によって変わります。

自分の「父」も、「祖父」にとっては「息子」になります。「階名」とはつまり、こういうことです。

「音楽」を成り立たせるのは「音高」ではなく「音程」

例えばカラオケに行ったとしましょう。
最近の曲、みんなべらぼうに音域が高いですよね。King GnuとかOfficial髭男dismとか、喉どうなってんの??と多くの人は思うに違いありません。

「意地でもキーは変えねえ!」という覚悟を持っている方を除いて、まあ歌いやすいキーに変えるのは普通の選択です。
ただ、キーを変えるということは、歌っている音の全てが変更前とは違う音になっているわけです。

全部の音が変わっているのに、どうして問題なく歌うことができるのか?
それは、キーを変えても音同士の「音程」は変わらないからです。

「音程」という言葉は、単体の音を指して「音程が低い」のように使われることが多いですが、本来は「2つの音の幅」を表す言葉です。(単体の音の高さを問題にする場合は「音高」という言葉を使います)

キーを変えることによって「全体の音高は変わっている」けど、「音楽を構成する音同士の幅=音程」が変わらなければ、私たちはそれを同じ音楽と認識することができます。

一方で、メロディの一部分の「音高」を変えてしまうと「音程」が変わってしまうので、そのメロディは途端に知らないメロディになってしまいます。

つまり、音楽を成り立たせているのは「音高」ではなく「音程」ということ。
そして「音程」を読むための名称が「階名」です。これは「音高」を読むための名称である「音名」とは全く違う役割を担っています。
音同士の関係性を考慮しない「音名」を使って練習した場合、「音程」を感じ取る力がつくかどうかは未知なのです。
これは脚を鍛えたいのにスクワットではなく腕立て伏せをするようなもの。

どんな高さで歌っても、「かえるのうた」は「かえるのうた」だし、「きらきら星」は「きらきら星」ですよね?

歌い始めの高さが違っていたとしても、「ドレミファミレド ミファソラソファミ…」と歌えば「かえるのうた」と認識されるのです。

言葉で説明するのは複雑ですが、歌えばわかる。
「階名」というツールは、こうした理論をも「ドレミ」という名前に全て入れ込んでいるツールなのです。

ドレ、と歌えば必ず全音(長2度とも呼びます)の幅になります。ドミと歌えば必ず長3度の音程です。
長2度や長3度という名称は必ずしも重要ではありませんが、「ドレの感覚」「ドミの感覚」というように、階名と音の感覚がリンクすることによって、「音階感覚」が着実に自分の中に積み重なっていきます。

理論を頭で理解するだけでなく、感覚に落とし込むことができるツール。これが「階名」の真髄です。

耳で「ドレ」の響きを理解しているということこそが重要です。経験や感覚として理解していれば、音楽理論を身につけることもスムーズに出来ます。

「絶対音感」がなければ音感のレベルは頭打ち?

ところで、音感教育と言えば、ほとんどの方が「絶対音感」を思い浮かべるでしょう。

絶対音感を身につけるのは小学校低学年が限界と言われています。そこまでに絶対音感が身につけられなかった人は、もう優れた音感を身につけることは出来ない、と考える人は(指導者であっても)多いのです。

ですが、音楽を扱うために本当に必要な音感は「絶対音感」ではありません。
「絶対音感」で扱えるのは「音高」の情報であり、音楽を構成する「音程」ではないからです。
「音程」を捉えるために必要なのは「相対音感」であり、それを読み取るのが「階名」というツールです。
「絶対音感」はむしろそれがあることによって、「相対音感」の発達を阻害します。

端的に言えば「音」を「音楽」として繋げて知覚するのが「相対音感」、「音楽」を「音」として切り離して知覚するのが「絶対音感」です。

幼少期に強固な絶対音感(考えることなくノータイムで音名が正確にわかってしまうレベル)を身につけたごく一部の例外を除き、「音高」情報では楽器を操作することは出来ても「音楽」を認識することは出来ません。そして、その強固な絶対音感がついた場合、基準ピッチの変更には大きな苦痛を伴います。
「相対音感」は程度の違いこそあれ、全ての人が備えている能力であり、正しく「音程」を認識する術を学べば、何歳からでも音程を取る能力は伸びていきます。そして何よりもこれが音楽を音楽として認識する音感です。

私自身も元々はゆるやかな絶対音感保持者でしたが、大学時代からずっと自分の音程感覚の悪さに悩んできました。なんとなく合っている音は出せるけど、伴奏のピアノにぴったり合っている音が出せない。アンサンブルも微妙に音が合わない。もちろんカラオケでキーは全く変えられません。このままでは音楽家としての未来はないと考え、音感について自分で学ぶうちに「階名」に触れ、訓練を通して耳が変わっていくのを実際に体感しました。当たり前ですがもちろん、大人になってからのことです。

「階名」を使う音楽教室

ということで、この教室では「階名」を使用します。違う言い方をすれば「移動ド」とも呼ばれますが、これが本来のドレミの使い方です。

「音名」も必要な箇所では使用しますが、「音名としての固定ド」は一切使いません。適切な音感訓練のため、これは徹底して行います。
音名は日本音名(ハニホ…)やドイツ音名(CDE…)を使用します。

「音楽を聴くこと・歌うこと・読むこと・書くこと」

語学みたいですね。音楽を扱うのもこの四技能です。
音楽の四技能を伸ばすことを目的として、そのために歌を歌ったり、ピアノを弾いたりします。

あくまでも四技能を伸ばすことが前提です。それは、「声楽専攻」「ピアノ専攻」の前に「音楽専攻」であってほしいと思っているから。

この方法は音楽に初めて触れる小さな子どもから将来プロを目指す若者、趣味として音楽を楽しみたい大人まで、すべての人で同じ道筋を辿っていきます。
子どもの頃から当たり前のものとして学べば演奏と理論の結びつきがしやすくなり、大人も確実に相対音感が向上していきます。

楽しく上手に歌って楽器に親しみたい子どもたち。
中学や高校で吹奏楽や合唱に青春を捧げる人たち。
プロを目指して歌いたい人たち。
趣味の音楽レベルを向上させたい人たち。
いつまでも元気で歌い続けたい人たち。

上手に歌えるようになりたい人、上手に楽器が演奏できるようになりたい人、すべての人の根っこにある「音楽」の力を伸ばすこと。
それが私の目標です。

MUSISM 木川 翔